[技術連載]
5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室
[Vol.9 帯域優先?精度優先?2種類の周波数変換方式]

次世代高速移動通信と高分解能レーダのキー・テクノロジ

[著]加藤 隆志 株式会社 ラジアン) / 企画:ZEPエンジニアリング / 販売:マルツエレック


【Index】

Vol.1 ミリ波の性質と広帯域通信の実験環境

Vol.2 反射の起こらない線路を作る

Vol.3 電磁波の漏れが少ない伝送線路

Vol.4 信号が減衰しない基板

Vol.5 高周波センスを磨く!スミス・チャート

Vol.6 部品や伝送線路の入出力特性モデル「$S$パラメータ」

Vol.7 高速データ伝送 成功の鍵「群遅延」

Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験

Vol.9 帯域優先?精度優先?2種類の周波数変換方式

次世代通信5Gの実証実験に!

ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ MZ-mmCon1好評発売中!



第8回のアンテナを使った伝搬実験の中心的な役割を果たすミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ MZ-mmCon1(開発 ラジアン,販売 マルツエレック)のより詳しい使い方を紹介します.

MZ-mmCon1の使い方には,ベースバンド信号を入力するZeroIF周波数変換と,ベースバンド信号に$I/Q$変調をかけたものを入力するLowIF周波数変換の2種類あります.

ZeroIF周波数変換は,送信したい信号やデータ(ベースバンド信号)と$I$と$Q$の2つの28GHzローカル信号と掛け合わせて,一気に周波数アップ/ダウンする方式です.LowIF周波数変換は,いったんベースバンド信号と必要最低限の周波数のCW信号($I$信号用と$Q$信号用)を掛け合わせて,$I$と$Q$の情報をもつ中間周波数信号(IF,Intermediate frequency)を生成し,そのあと,28GHzローカル信号と掛け合わせて周波数アップする方式です.両者のメリットとデメリットを理解して使い分けましょう.〈ZEPエンジニアリング

安価なA-D/D-Aで広帯域変復調!ZeroIF周波数変換

シグナル・フロー

図1に示すのは,送信用と受信用の2台のミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ MZ-mmCon1を使った28GHz伝搬実験システムのブロック図です.


(a)送信側
(b)受信側
図1 送受信用の2台のアップ・ダウン・コンバータ MZ-mmCon1を使った28GHz伝搬実験システムで,ZeroIFダウン・コンバージョンを行うときののシグナル・フロー

MZ-mmCon1は,$I$と$Q$のベースバンド信号入力($BB_I$と$BB_Q$)の外部端子を備えており,信号発生器から90°ハイブリッド(写真1)を使って分離した$I$信号と$Q$信号を入力すると,MZ-mmCon1内部の180°バラン(通過周波数5M~6GHz)によって,シングルエンドから差動の$I$信号($I_+$と$I_-$)と$Q$信号($Q_+$と$Q_-$)に変換されます.

写真1 伝搬実験に使うMZ-mmCon1のオプション・キット(開発 ラジアン,販売 マルツエレック)
右側は,MZ-mmCon1のRF送信出力の不要輻射を減らし,RF受信入力(Rx)では不要な信号によって発生するノイズを抑えて感度を向上させる中心周波数28GHzのBPF.左側は90°ハイブリッド.これはIF信号を入力すると$I$信号と$Q$信号に分離する.逆に$I/Q$信号を入力すると合成してIF信号を出力する.帯域は50M~6GHz

外部に信号源がない場合は,MZ-mmCon1内のSTM32Fマイコンに内蔵されている信号源を利用するとよいでしょう.STM32FマイコンのD-Aコンバータの出力が,ベースバンド外部入力信号($I_+$と$Q_+$)と直結していますが,LPF($f_C$=100kHz)があるので,両者は完全に分離されています.このように,帯域の違う2個のフィルタの出力を合成したり分離したりする回路を「デュプレクサ」と呼びます.

周波数アップ前後のRF信号のスペクトラム

$I$信号=$\sin$,$Q$信号=$\cos$と$I/Q$キャリア(28GHz)を掛け合わせて周波数アップ

図2に示すのは,MZ-mmCon1の内蔵信号源(STM32Fマイコン)で$I$と$Q$のCW信号を生成して,アップ・コンバータ(ADMV1013)に入力し,28GHzを変調したときのRF信号(Tx)のスペクトラムです.

(a)$BB_I$入力信号が$\sin$波,$BB_Q$入力信号が$\cos$波のとき (b)$BB_I$入力信号が$\cos$波,$BB_Q$入力信号が$\sin$波のとき (c)$BB_I$入力信号も$BB_Q$入力信号も$\cos$波(または$\sin$波)のとき.または,$I$信号または$Q$信号のどちらかだけにCW信号を入力したとき
図2 ZeroIFコンバージョン・システムの周波数アップ前後のRF信号のスペクトラム

図2(a)は,$I$信号と$Q$信号の位相が90°ずれている場合,つまり$\sin$と$\cos$のときのスペクトラムです.$f_0+f_B$または$f_0-f_B$のどちらかに信号が出ます.$\sin$と$\cos$を$I/Q$で入れ替えると,$f_0+f_B$と$f_0-f_B$が入れ替わります[図8(b)].

$I$信号=$Q$信号=CW信号と$I/Q$キャリア(28GHz)を掛け合わせて周波数アップ

図2(c)は,STM32Fマイコンで,$I$信号と$Q$信号が等しい信号,つまり,ともに$\sin$波(または$\cos$波)を出力し,アナログICであるアップ・コンバータ(ADMV1013)に入力して生成されるRF信号(Tx)のスペクトラムです.これは,$I$信号または$Q$信号のどちらかだけを出力した場合も同じ結果になります.

$f_0 \pm f_B$の両方の周波数に信号が出ます.これは,従来のスーパーヘテロダインと同じ動作で,$I/Q$変調動作はしていません.この方式の場合は,$f_0+f_B$または$f_0-f_B$のどちらかをフィルタで除去して使います.

通信用のデータと$I/Q$キャリア(28GHz)を掛け合わせて周波数アップ

図3(a)に示すのは,ディジタル信号をアンプ・コンバータに入力したときに送信されるRF信号のスペクトラムです.

(a)CW信号(単一周波数)ではなく,帯域のある信号(例えばデータ)を入力してアップ・コンバートした結果 (b)RF信号を受信して復調した結果
図3 ZeroIFコンバージョン・システムの周波数アップ前後のRF信号のスペクトラム

ベースバンドのスペクトラムは,キャリア周波数の両側に発生します.

図3(b)に示すように,図3(a)のRF信号(Tx)に,28GHz($f_0$)のローカル信号を掛け合わせると,$f_0$は0Hz(ベースバンド周波数)に変換され,ベースバンド信号の周波数は0Hz(DC)をまたいで正負に現れます.

このように,$I$信号と$Q$信号に分けて処理することで,周波数が負の信号も処理することができるようになります.

誤差要因が多いが広帯域通信に向く

メリット

近年のディジタル変復調システムの多くが採用する周波数変換方式です.

RF信号を周波数ダウン変換してできるIF信号の周波数は,0Hz(ゼロ)をまたいで正と負に分布します.通常$I$と$Q$の2つの信号を利用するため,LowIF方式の2倍の帯域を利用できます.

MZ-mmCon1の2つのベースバンド入力($BB_I$と$BB_Q$)の帯域はそれぞれ最大6GHzなので,両方を利用すれば,12GHzもの超広帯域データを送受信できます.

また,送受信したいベースバンド信号の帯域が6GHzsのとき,LowIF方式を採用すると,サンプリング周波数12GHzのD-Aコンバータ(送信側)とA-Dコンバータ(受信側)が必要ですが,ZeroIF方式ならば,$I$と$Q$を使ってそれぞれ帯域3GHzのデータを送受信すればよいので,サンプリング周波数は6GHzですみます(コストダウンが図れる).

このようにZeroIF方式は,超広帯域を狙いたいときにとても有効です.

デメリット

図1からわかるように,ZeroIF周波数変換は,ADMV1013というアナログICで(ハードウェアで)$I/Q$変調をかけます.また,信号発生器(SG,Signal Generator)からMZ-mmCon1までの信号はプリント基板上に伝送されます.このように,ゲインや位相の物理的な誤差要因がたくさんあります.

送信したい信号の帯域が広いほど,プリント・パターンを伝搬するときに生じる$I$信号と$Q$信号の遅延差が大きくなります.$I$信号と$Q$信号が伝搬するプリント・パターンの長さがそろうように細心の注意を払っても,数psの遅延差が生じます.もし,3GHzの$I$信号と$Q$信号の間に1psの遅延差が発生すると,直交精度で約1°の誤差を生みます.この1°の誤差は,31GHzの送信出力(Tx)が出ているとき,-40dBという大きなスプリアス(25GHz)の発生原因になります(図4).ケーブルで伝送したりしようものななら,遅延差は1桁悪化します.

図4 3GHzの$I/Q$信号間の遅延差1psは直交精度で約1°の誤差につながり,31GHzの送信出力(Tx)が出ているとき-40dBもの大きなスプリアス(25GHz)の発生する

$I$信号と$Q$信号の間には,遅延差に加えて振幅差も発生します.1%の振幅誤差は同じく約40dBのスプリアスを発生させます.

このように,広帯域な$I$信号と$Q$信号は,離れた別の基板や筐体に伝送することが困難です.

ZeroIF周波数変換処理を採用するときは,すべての回路や部品を同一基板上にを実装し,配線を極力短くします.または,CPUに重い負荷がかかりますが,スプリアスがでないように,ソフトウェアによる演算処理によってベースバンド信号の位相と振幅を補正します.

ソフトウェア処理で高精度変復調!LowIF周波数変換

通信用データを$I/Q$変調したIF信号を用意してから28GHzキャリアと掛け合わせる

図5に示すのは,2台のMZ-mmCon1を使った,LowIF周波数変換送受信のブロック図です.

(a)送信側
(b)受信側
図5 送受信用の2台のアップ・ダウン・コンバータ MZ-mmCon1を使った28GHz伝搬実験システムで,LowIFダウン・コンバージョンを行うときののシグナル・フロー

高速のプロセッサを利用したSDR(Software Defined Radio)を使い,ソフトウェア演算による$I/Q$変調をかけてIF信号を生成します,このIF信号をアナログIC(ADMV1013)で周波数アップして送信します.受信したRF信号をアナログIC(ADMV1014)で周波数ダウンして出力し,高速のA-DコンバータをもつSDRで,$I$信号と$Q$信号を復調します.

IF信号は,MZ-mmCon1内のバランの通過特性の関係で,IF信号は5M~6GHz(実際には4~5GHz)が限度です.

図6(a)に示すのは,ベースバンド信号を入力する2つの端子($BB_I$と$BB_Q$)のどちらかに,IF信号(3GHz)を入力したときのスペクトラムです.キャリア周波数($f_0$)は28GHzなので,31GHz(=28GHz+3GHz)と,そのスプリアス信号25GHz(=28GHz-3GHz)の2つの周波数成分が生成されます.どちらか一方をLPFで取り出します.これがLowIF周波数変換の一般的な使い方です.

(a)$BB_I$または$BB_Q$のどちらか片方にIF信号(3GHz)を入力.28GHzの両側(25GHzと31GHz)にスペクトラムが出る (b)90°ハイブリッドを使って$I/Q$に分離し,$BB_I$端子と$BB_Q$端子に入力.スペクトラムは31GHzにしか出てこない (c)28GHzのローカル信号を掛け合わせたときのスペクトラム.すべてのベースバンド信号は0Hz以上に発生する
図6 ベースバンド信号の入力端子($BB_I$と$BB_Q$)にIF信号を入力したときのスペクトラム

図6(b)に示すように,90°ハイブリッド(写真1)を利用して,$BB_I$と$BB_Q$に90°ずらして入力すると,31GHz(=28GHz+3GHz)だけが出力されます.スプリアスは出なくなり,$S/N$が3dBアップします[図2(b)参照].$I/Q$を入れ替えると,25GHz(=28GHz-3GHz)だけが出力されます.

周波数ダウン前後のスペクトラム

図6(c)に示すように,この方式では,受信側のミキシング後の信号(ADMV1014の出力信号)が0Hzをまたがず,すべて0Hz以上に現れます.

RF信号に$I$信号用と$Q$信号用の2つのローカル信号を掛け合わせる場合と,1個のローカル信号を掛け合わせる場合があり,後者は従来のアナログ・ラジオが採用するいわゆる「スーパーヘテロダイン」のことです.

高精度変調ならLowIF

LowIF周波数変換は,プロセッサを使ったソフトウェア演算処理によって,送信したいデータやアナログ信号$I/Q$変復調します.ZeroIF周波数変換のようなハードウェアによる誤差要因,例えば,配線による遅延やアナログICの性能(ゲインや位相)のばらつきの影響を受けません.

プロセッサの演算性能やA-D/D-A変換のスピードが上がった今は,100MHzを超える広帯域信号でもLowIF周波数変換が可能です.100MHzの帯域が十分な用途も多いため,現在の主流は,LowIF周波数変換です.

使わにゃ損!90°ハイブリッド

写真1に示すのは,MZ-mmCon1のパフォーマンスを引き出す2つのアダプタ基板です.

左側は中心周波数28GHzのBPFです.RF送信出力(Tx)の不要輻射を減らし,RF受信入力(Rx)では不要な信号によって発生するノイズを抑えて感度を向上させる働きがあります.

右側は,帯域50M~6GHzの90°ハイブリッドです.IF信号を入力すると,$I$信号と$Q$信号に分離されます.逆に$I/Q$信号を入力すると合成されて,レベルが+3dB増したIF信号が出力されます.いろんな場面でとても有効なツールです.

動作

図6に示すように,シングルのIF信号をマイクロストリップ線路でできた90°ハイブリッド基板(移相回路)に入力すると,$I/Q$信号に分離されます.

90°ハイブリッドに入力したIF信号は,配線などのロスがなければ-3dB減衰して$I$信号と$Q$信号に分割されます.実際には,線路の損失によって,約-3.5d減衰します(実測値).

また,図7に示すのは,90°ハイブリッドに$I$信号と$Q$信号を入力して合成されたIF信号(矢印)のイメージです.矢印は円に沿って回転します.1Hzなら毎秒1回転です.$I$信号と$Q$信号は,IF信号を$I$軸上と$Q$軸上に写像したものです.

図7 90°ハイブリッドに$I$信号と$Q$信号を入力して合成されたIF信号(矢印)のイメージ
IF信号の$I$軸と$Q$軸への写像($i$,$q$)が,$I$信号と$Q$信号のレベル.$IF=\sqrt{i^2+q^2}$の関係がある

使ったほうがよい理由

(1)信号の電力を無駄なく利用する

図8に示すように,90°ハイブリッドを使って$I/Q$信号をIF信号に変換すると,2つの信号の電力が加算されるのでゲインが3dB増します.90°ハイブリッドを送受信の両方に使うと,送受信ゲインが合計で6dB増します.

図8 送信と受信の両方で90°ハイブリッドを利用すると,送受信ゲインが6dB増える

$I$信号または$Q$信号のどちらかだけを利用することは,信号がもつ電力の半分を捨てることに等しいです.送信(Tx)時3dB,受信時(Rx)3dBの合計6dBです.これは,無視できる値ではありません.

(2)信号の有無を安定して確実に検出できる

図8の接続において90°ハイブリッドを使わない場合を考えてみます.

もし送受信システムの送信(Tx)-受信(Rx)間でローカル信号が同期している場合,CW信号を受信すると,信号(矢印)は回転することなくある角度で安定します.もし,図9に示す位置,つまり,$Q$信号は最大振幅に,$I$信号の振幅はゼロになる位置で安定すると,$I$信号しか取り出さないシステムでは信号は出てきません.こんなときは,90°ハイブリッドを使えば,$I$信号と$Q$信号が合成されるので,位相状態によらず,振幅が一定の出力が得られます.

図9 図8のシステムで受信したCW信号
信号(矢印)は回転することなくある角度で安定する.運悪く,この位置($Q$信号が最大振幅,$I$信号の振幅がゼロ)で安定すると,$I$信号だけを取り出すシステムだった場合は信号が出てこない.90°ハイブリッドで$I$信号と$Q$信号を加算すればこの問題は解決できる

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