[技術解説]
5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室
[Vol.1 ミリ波の性質と広帯域通信の実験環境]

次世代高速移動通信と高分解能レーダのキー・テクノロジ


【Index】

超低$C/N$!mz-mmcon1 後継機 z-mmcon2 誕生

写真Aに示すのは,1台でミリ波を使ったディジタル無線通信が可能な$I/Q$変調&周波数コンバータ“z-mmcon2”(開発:ラジアン)です.ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1の後継機です.

写真A 1台でローカル5Gのミリ波無線通信の実験が可能なアップ・ダウン・コンバータ z-mmcon2mz-mmcon1のC/Nを大幅に改善した後継機 (開発:株式会社ラジアン

スペック

  1. 送信周波数範囲:24.0G~44.0GHz
  2. 送信出力範囲:+10~-29dBm(信号の条件 CW)
  3. 送信ゲイン範囲:+20~-19dB($I/Q$動作時)
  4. 受信周波数範囲:24.0G~44.0GHz
  5. 受信入力範囲-:10dBm以下(信号の条件 CW)
  6. 受信ゲイン範囲:+12~-9dB($I/Q$動作時)
  7. 受信雑音指数:10dB以下
  8. ベースバンド周波数範囲:DC~100kHz(内蔵D-Aコンバータ,外部アクセス不可)
  9. ベースバンド・レベル範囲:0dBm以下(内蔵D-Aコンバータ,外部アクセス不可)
  10. IF周波数範囲:1G~6GHz(本体背面のSMA端子)
  11. IFレベル範囲:0dBm以下(本体背面のSMA端子)
  12. 電源:付属のACアダプタ(DC6V,2A)
  13. 消費電流:1.5A(通常動作時)
  14. 基板サイズ:128×93×1.6mm(基材はRogers4350B)
  15. ケース・サイズ:$W$=140mm $D$=129mm $H$=40mm(フランジ含む)

従来品 ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1からの改善点

z-mmcon2写真A )は,従来機のmz-mmcon1写真1)から,下記の点が改良されています.

  1. 周波数範囲の拡大(27GHz~43GHz → 24GHz~44GHz)
  2. シンセサイザICの変更(ADF4372)に伴う$C/N$の大幅改善
  3. 制御をWindowsアプリからターミナルに変更(FTDIドライバに起因するトラブル回避)
  4. 外部機器との接続をIF(1G~6GHz)だけに変更
  5. 放熱ケース採用とファンレス化,ケースの大型化
  6. USBマイクロをUSB-Bに変更(コネクタ破壊対策)

次世代通信5Gの本命!$28\mathrm{GHz}$帯

医療,自動車,ゲームから工場,教育まで,さまざまな分野・業界で,無線通信技術にさらなる高速性とリアルタイム性,同時接続性が強く求められています.この要求に応えるのが次世代の超広帯域通信規格“5G”です.図1に5G規格の周波数割り当てを示します.次の3つの周波数バンドが割り当てられています.

  1. $3.6\mathrm{G}~4.1\mathrm{GHz}$(サブ$6\mathrm{GHz}$帯)
  2. $4.5\mathrm{G}~5.0\mathrm{GHz}$(サブ$6\mathrm{GHz}$帯)
  3. $26.6\mathrm{G}~29.5\mathrm{GHz}$(ミリ波帯)
図1 次世代通信規格“5G”の周波数割り当て一覧
$3.6 \mathrm{G}~4.1\mathrm{GHz}$,$4.5\mathrm{G}~5.0\mathrm{GHz}$,$26.6\mathrm{G}~29.5\mathrm{GHz}$の3バンドが割り当てらる予定.本稿で採り挙げるのは,超広帯域通信を可能にする$26.6\mathrm{G}~29.5\mathrm{GHz}$の$28\mathrm{GHz}$帯.独自に通信網を構築できる自営用バンド「ローカル5G」も割り当てられている

5Gには従来の4Gにはない2つの特徴があります.1つは,帯域が$40\mathrm{MHz}$から$100\mathrm{MHz}$に広くなったことです.ミリ波帯を利用する5Gでは,$400\mathrm{MHz}$もの帯域が割り当てられています.これだけの帯域があれば,4K/8K映像の高速撮影映像システムや臨場感あふれるVRシステムを実現できます.

もう1つの特徴は,NTTドコモやKDDIなどのいわゆるキャリア以外の自営企業が独自に通信回線を構築できる「ローカル5G用バンド」が割り当てられた点です.現在利用できる周波数バンドは予定の一部ですが,今後,工場や農場などでIT化を進めたい機関や企業の実証実験が増えてくることでしょう.

本技術解説シリーズ「5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室」は,「ローカル5Gシステム(図2)」のユーザ端末と基地局に利用するRF(Radio Frequency)回路,SDR(Software Defined Radio),FPGAの設計技術を紹介します.特に,ノウハウの結晶である$30\mathrm{GHz}$以上の超高周波「ミリ波」を伝える基板の作り方と実験には,多くのページを割いて解説します.また,写真1に示すミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) の基板を例に電磁界シミュレーションの利用方法やLNA,BPFの設計法なども紹介します.

図2 ローカル5Gシステムのブロック図

ミリ波通信システムを開発するためには,1,000万円以上もするスペクトラム・アナライザやネットワーク・アナライザ,シンセサイザなどの高価な測定器が必要です. 写真1に示すのは,ミリ波を使った無線通信を体験できるキット mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) です.ミリ波($27\mathrm{G}~43\mathrm{GHz}$)を$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$のベースバンド信号に周波数ダウンしたり,逆に,$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$のベースバンド信号をミリ波($27\mathrm{G}~43\mathrm{GHz}$)に周波数アップしたりできます.

写真1 ミリ波を使った超広帯域ディジタル通信を体験できるキット“mz-mmcon1”(生産中止品.後継機は z-mmcon2 $27.2\mathrm{G}~42.995\mathrm{GHz}$のミリ波を$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$のベースバンド信号に周波数ダウンしたり,$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$のベースバンド信号を$27.2\mathrm{G}~42.995\mathrm{GHz}$のミリ波に周波数アップしたりできる.このボードと,後出(図9,図10,図11)のSDRシステムを組み合わせる.ミリ波のアップ・ダウン・コンバータは,ほかにもADR Communication社製(台湾)がある

プロローグ:ミリ波用の無線通信システムの作り方を学ぶ

通信や車,医療の姿を大きく変えてしまうかもしれない「ミリ波」

今世界中が注目している次世代通信規格“5G”には,次の2種類の周波数と帯域が割り当てられています.

  1. $4\mathrm{GHz}$帯を使う「マイクロ波帯5G」
  2. $28\mathrm{GHz}$帯を使う「ミリ波5G」

マイクロ波5Gは,従来の4G/LTEの延長線にあり,ユーザがテクノロジの進化を強く感じることはありません.しかし,ミリ波5Gは通信データ量が爆発的に増えるため,世の中の通信サービスに大きな変革をもたらす可能性があります.

ただし,ハードウェアもソフトウェアも,技術的なハードルが一気に上がります.電波の周波数が1桁高くなり,その性質が光に近くなるからです.つまり指向性が鋭く,減衰が激しくなります.赤外線リモコンをイメージするとよいでしょう.しかし,コロナ禍になり,膨大なデータ伝送手段へのニーズはさらに高まっています.ミリ波は,鋭い直進性と分解能が求められる車載レーダにも利用されています.

ミリ波通信実験用アップ・ダウン・コンバータを開発

本稿は,マイクロ波~ミリ波の回路や基板を設計できるようになることを目指す技術解説シリーズ(Vol.1~20)です.

ミリ波通信をするためには,1,000万円以上もするスペクトラム・アナライザやネットワーク・アナライザが必要ですが,ここでは,「なければ作る」というチャレンジ精神で,$27\mathrm{G}~43\mathrm{GHz}$を$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$に周波数ダウンさせたり,逆に$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$を$27\mathrm{G}~43\mathrm{GHz}$に周波数アップさせたりできるスタータキット(写真1)を利用して,ミリ波通信の実験をします.

次世代通信規格 5Gが利用する超高周波ワールド

高周波は大量のデータがスムーズに流れる高速道路

パソコンのクロック周波数は$2\mathrm{G}~3\mathrm{GHz}$です.同様に,スマホが利用する電波の周波数も,UHF帯($0.3\mathrm{G}~3\mathrm{GHz}$)からマイクロ波帯($3\mathrm{G}~30\mathrm{GHz}$)へと移行しています.話題の次世代通信規格 5Gはそのさらに上の周波数である$30\mathrm{GHz}$前後またはそれ以上のミリ波帯も利用します.

図3に示すのは,電波の周波数帯とアプリケーションを整理したものです.オーディオからテレビ,そして携帯電話というふうに,通信する情報量が増えるほど,利用する周波数は高くなります.伝送できる情報量は帯域で決まり,利用する周波数を高くすればするほど,使用できる周波数帯域も広がり,それだけ大量の情報を運ぶことができます.

図3 日本では$27\mathrm{GHz}$~$29.5\mathrm{GHz}$の$2.5\mathrm{GHz}$がミリ波5Gに割り当てられる
普段利用している電波は,AM,FMラジオ,テレビ,携帯,Bluetooth,Wi-Fiなど,ほとんどか$30\mathrm{k}~2.5\mathrm{GHz}$の範囲に収まっている.ミリ波5Gは,このような莫大な情報量を活用できる

図3の周波数軸(横軸)はリニアではなく「対数」であることに留意してください.AMラジオがある中波帯(MF:Medium Frequency)の周波数範囲は$2700\mathrm{kHz}$ですが,左隣の長波帯(LF:Low Frequency)はその$1/10$の$270\mathrm{kHz}$です.テレビ放送(昔のアナログや現在のフルセグ)の帯域は$6\mathrm{MHz}$です.これをMF帯($300 \mathrm{k}~3\mathrm{MHz}$)の電波に載せることはできません.$100\mathrm{MHz}$のVHF帯以上を利用しなければなりません.

FM放送からWi-Fiまで,現在の全ての情報を余裕で通せる「ミリ波帯」

図3の下段は,ミリ波5Gの日本国内での周波数割当状態を示しています.5G全体の帯域は$2.5\mathrm{GHz}$にもなります.

現在私たちは,AMラジオからFM,4G携帯(LTE),Bluetooth,Wi-Fiなど,多くの電波を利用していますが,それらの$90\%$以上が$2.5\mathrm{GHz}$以下に含まれます.ミリ波5Gで利用できるDC~$2.5\mathrm{GHz}$という帯域は,これらのアプリケーションのすべてを包括するほど広いということです.

超高周波「ミリ波」の世界

「波長」をイメージする

「高周波技術は難しい」という声がよく聞かれますが,問題解決の第一歩は「波長」というパラメータの影響を考慮することです.

ミリ波帯では,波長が極端に短いため.これまで無視しても問題なかった物理現象がはっきりと見えてきます.しかし,扱える情報量が飛躍的に増えるメリットは,それを補って余りあります.

波長の影響が大きくなってくると,これまで経験したことのない次のような現象が起こります.

  1. 長さ数$\mathrm{mm}$でも配線やプリント・パターンを伝わる信号の波形が崩れることがある.または「インピーダンス整合」と呼ばれる処理をしていないために,信号が反射を起こして定在 波が発生する
  2. 信号の損失(銅損や誘電体損)が大きくレベルが減衰し,最悪の場合消失する
  3. 空間へ信号が放射されやすくなるため,他回路と結合し影響を与え合う
  4. 部品のリードやパターンがもつ微小なインダクタンスやキャパシタンスも特性に影響する
  5. 適切な同軸ケーブルやコネクタを選定しないと,同軸内の誘電体内部を直接導波管のように信号が伝わる

高周波では,部品どうしの接続関係を示す設計書「回路図」だけでは,性能を再現することができません.再現性を高めるためには,基板のプリント・パターン設計が極めて重要です.一方でメリットもたくさんあります.半導体や部品を使わずに,プリント・パターンだけで,フィルタやマッチング回路,加算器を作り込んだりすることができます.これは新しく魅力的な世界です.

伝搬距離をいかに稼ぐかが鍵を握る

ゲイン$20 \mathrm{dB}$程度のアンテナを向かい合わせる

莫大なデータを伝送できる高速道路「ミリ波」が伝搬できる距離はどの程度なのでしょうか?

表1図4に示すのは,電波の周波数が高くなると,伝搬距離が短くなるようすを示しています.自由空間を伝搬する電波の減衰が$150\mathrm{dB}$,減衰したときの距離を次式(1)を使って計算しました.ここで,$L$は伝搬損失$[\mathrm{dB}]$,$d$は距離$[\mathrm{m}]$,$\lambda$は波長$[\mathrm{m}]$です.指向性の緩いアンテナを地面付近で使用した場合は,地面による反射の影響でこの値よりも悪化します.

\begin{equation} L=\left( \frac{4\pi d} {\lambda} ^2 \right) \end{equation}
表1 伝搬距離は電波の周波数が高いほど短くなる
図4 電波の周波数が$10$倍になると伝搬距離は$1/10$になる
表1をグラフにしたもの.$x$軸も$y$軸もログ・スケール

計算結果から,$1\mathrm{MHz}$(AMラジオ)では$135 \mathrm{km}$,$2.4\mathrm{GHz}$(Wi-Fi)では$55\mathrm{m}$に対して,$28\mathrm{GHz}$(ミリ波5G)ではわずか$4.7 \mathrm{m}$です.表2に示すように,AMラジオやWi-Fiは,ゲインが$0~3\mathrm{dB}$程度の無指向性アンテナを使うことができますが,ミリ波5Gは指向性の鋭い,ゲインが$20 \mathrm{dB}$もあるアンテナを使い,かつ向かい合わせないと,実用的な通信距離を確保することはできません.

$20 \mathrm{dBi}$のゲインをもつフェーズド・アレイ・アンテナを遣えば,通信距離は数十$\mathrm{m}$に伸びるでしょう.ビームを鋭くするとさらにゲインは増しますが,トラッキングが難しくなるため,アンテナ・ゲインは$20 \mathrm{dBi}$くらいが丁度良さそうです.

表2 ミリ波5Gの通信の難しさをFMラジオ,Wi-Fiと比べたもの
ミリ波は指向性が鋭く減衰が激しい.ゲインが$20 \mathrm{dB}$もあるアンテナを使い,かつ向かい合わせてビームを絞れば実用的な通信距離を確保できる

自然界のノイズで伝達距離の限界が決まっている

表1において伝搬可能な距離を計算をするときに,損失の基準値を$150 \mathrm{dB}$としました.この値は,受信機の感度の理論的な限界の目安です(帯域など条件によって限界は変化する).

表3の式(2)に示すのは,自然界に普遍的に存在する,決して取り除くことができないノイズ電力密度($1 \mathrm{Hz}$当たりのノイズ電力)を求める計算式です.温度に比例してノイズが増えることを示しています.この式に常温(絶対温度$300\mathrm{K}$,摂氏$27\mathrm{℃}$)を入れると,ノイズ電力密度$P_n$は$-173.8 \mathrm{dBm/Hz}$になります.これは.全周波数範囲にわたって強さが$-173.8 \mathrm{dBm/Hz}$のノイズが一様に広がっているということです.

\begin{equation} P_n=K_bTBW \end{equation}
表3 自然界に普遍的に存在する$1 \mathrm{Hz}$当たりのノイズ電力を求める計算式

式(2)の$P_n$の帯域は$1 \mathrm{Hz}$ですが,これを$10 \mathrm{kHz}$(例えば音声帯域)に広げるときは次のように$40 \mathrm{dB}$を加えます.

\begin{equation} 10 \times \log_{10}{(10\mathrm{kHz})}=40\mathrm{dB} \end{equation} \begin{equation} -173.8 \mathrm{dBm}+40 \mathrm{dB}=-133.8 \mathrm{dBm} \end{equation}

式(4)は,どんなにがんばっても,帯域が$10 \mathrm{kHz}$の受信機には$-133.8 \mathrm{dBm}$のノイズが入力されると言っています.“$10 \mathrm{kHz}$”という帯域は,業務用無線やアマチュア無線など狭帯域無線では,$S/N$や感度を議論するときよく使われる代表的な値です.

ここで,送信機の出力を$10 \mathrm{dBm}$,送信機と受信機のアンテナのゲインを$0{\mathrm{dB}}$,電波の伝搬ロスを$150 \mathrm{dB}$とすると,受信機の入力電力は次式で求まります.

\begin{equation} 10 \mathrm{dBm}-150 \mathrm{dB}=-140 \mathrm{dBm} \end{equation}

式(4)からノイズ電力は$-133.8 \mathrm{dBm}$ですから,この受信機の$S/N$は$-6 \mathrm{dB}$です.これでは通信は困難です.最低でも$10 \mathrm{dB}$ほしいところです.それには,送信機と受信機に,ゲインが$8 \mathrm{dB}$のアンテナを使えば良いとわかります.

帯域を$10 \mathrm{kHz}$から$10\mathrm{MHz}(=70 \mathrm{dB})$に広げたい場合は,これまでの計算から,アンテナ・ゲインをさらに$30 \mathrm{dB}$増やすか,伝搬ロスを$30 \mathrm{dB}$減らす,つまり伝搬距離を短くするしかない,ということがわかります.

この計算では,受信機内部で発生するノイズをゼロと仮定しましたが($NF=0 \mathrm{dB}$という),実際には$5~10 \mathrm{dB}$程度$S/N$が悪化します($NF=5~10 \mathrm{dB}$).

アンプのゲインを上げればいいいのでは,と思うかもしれませんが,信号といっしょにノイズも同じだけ増幅されるので,$S/N$の改善にはつながりません.

わずか$1 \mathrm{mm}$の配線で特性がガラリと変わる

周波数が高くなると,微小な物理的パラメータにまで気を配る必要があります.例えばインダクタンスです.

図5(a)に示すのは,1005サイズのチップ・コンデンサの片側をビアを介してグラウンドに接続するプリント・パターンです.チップとビア間に,長さ$1 \mathrm{mm}$,幅$0.1 \mathrm{mm}$の線路があります.次の式(6)を使ってこの線路のインダクタンスを計算すると,$0.65 \mathrm{nH}$になります.図6は,式(6)をグラフ化したものです.ここで,$l$は導体の長さ$[\mathrm{mm}]$,$w$は導体の幅$[\mathrm{mm}]$,$t$は銅箔の厚み$[\mathrm{mm}]$です.

\begin{equation} L \mathrm{[\mathrm{nH}]} =0.2 \times l \left[ \ln{\left( \frac {2l} {w+t} \right) } + 0.2235 \times \left( \frac {w+t} {l} \right) +0.5 \right] \end{equation}
図5 基板上のプリント・パターン長とインダクタンスの関係
図(a)に示す細い線路は$1 \mathrm{mm}$で約$1 \mathrm{nH}$のインダクタンスをもつ.マイクロ波やミリ波では,チップ部品ですら寄生インダクタンスが大きすぎて使用できない.ビアもインダクタンスと考える必要がある
図6 プリント・パターンの幅,長さとインダクタンスの関係
$30\mathrm{GHz}$超の高周波「ミリ波」の世界では,$1 \mathrm{mm}$のプリント・パターンが特性に大きな影響を与える.この影響を無視できるのは数百$\mathrm{MHz}$以下

表4に示すのは,$1 \mathrm{nH}$のインダクタのインピーダンスの周波数特性です.周波数が高くなるほど,インピーダンスが増し,$1 \mathrm{\Omega}$以下で使いたければ,$100\mathrm{MHz}$程度までが限界でしょう.ローカル5Gが利用する$28\mathrm{GHz}$では,$176\Omega$にもなります.インピーダンス$50\Omega$の線路に$176\Omega$の直列抵抗が入ったら,信号は大きく減衰してしまいます.

表4 1nHのインダクタのインピーダンスの周波数特性

チップ・コンデンサ自体にもインダクタンス成分があります.その全長は$1 \mathrm{mm}$で,約$1 \mathrm{nH}$のインダクタンスが寄生しています.ビア自体も$1 \mathrm{nH/mm}$のインダクタンス成分をもっています.この回路基板は,インダクタという電子部品があるわけではありませんが,実質的に計$2 \mathrm{nH}$以上のインダクタンスをもっているということです.

この帯域ではこのような集中定数は基本的には使えないのです.

ミリ波通信実験用アップ・ダウン・コンバータの使い方

$27\mathrm{G}~43\mathrm{GHz}$と$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$をインターフェースする

前出の写真1は,$5\mathrm{M}~6\mathrm{GHz}$の無線機で発生させたIF信号をミリ波に周波数アップしたり,逆にミリ波をIF信号に周波数ダウンしたりすることができるアップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) です.本ボードとアマチュア無線機を組み合わせるだけで,ミリ波の通信実験が可能です.図7にブロック図を示します.

図7 ミリ波通信実験用アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) のブロック図

応用例

単体でのミリ波通信実験

mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) が搭載するSTM32F446マイコンは,サンプリング・レートが$2.4\mathrm{MSPS}$のA-DコンバータとD-Aコンバータを内蔵しています.このマイコンでベースバンド信号を生成すれば,mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) 単体で送受信の実験が可能です(図8).ただし,ベースバンドのデータ長は,マイコンで確保できるメモリ・サイズに限定されます.帯域$100 \mathrm{kHz}$以下の時分割信号なら処理できます.

本稿では,専用のパソコン・アプリケーションを用意して,STM32Fマイコンのメモリに蓄えられる送受信データのアップロードとダウンロード,およびmz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) のキャリア周波数やPLLのチャージポンプの電流,信号経路の切り替え,フィルタバンクの切り替えなどを行います.

送受信ループ・バックで周波数をスイープする機能が組み込まれているため,ミリ波帯の周波数特性も簡易的に測定できます.ただし,パソコン側のソフトウェアで使用しているFTDI製ラッピングDLLの処理速度の制約から,リアルタイム処理には向きません.

図8 ミリ波通信実験の接続例① アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) 単体での実験
帯域$1\mathrm{MHz}$以下の時分割信号なら処理できる.リアルタイム処理には向かない

$16\mathrm{MHz}$以下のリアルタイム狭帯域通信の実験

図9に示すのは,帯域$100 \mathrm{k}~16\mathrm{MHz}$のアナログ信号をフルディジタル信号処理できるSDRトランシーバ mz-SDRBlockHF2を使ってベースバンド信号の生成と変調を行う接続例です.

図8に示した通信システムは,STM32Fマイコンのメモリに蓄えたベースバンド信号をパソコンに転送して,ソフトウェア処理をするので,リアルタイム処理が低速信号に限られます.本構成なら,パソコンを介さずとも,FPGAが信号を直接処理するので,ミリ波にAM信号を載せるリアルタイムな送受信も可能です.

mz-SDRBlockHF2は,FPGA,高速A-Dコンバータ,D-Aコンバータを搭載したSDRボードです.FPGAには,信号処理に必要な回路ブロックが作り込まれていて,パソコン上の専用アプリケーションでその接続やパラメータを設定するだけで,カスタムなSDR送受信機を構成できます.いわゆるFPGAコンフィグレーションは不要です.

図9 ミリ波通信実験の接続例② アップ・ダウン・コンバータ mz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) とFPGA SDRモジュール mz-SDRBlockHF2との組み合わせ
$16\mathrm{MHz}$以下のリアルタイム狭帯域通信が可能

$100\mathrm{MHz}$超の広帯域通信の実験

図10に示すのは,ザイリンクス社のSoC開発用FPGA Zynqを搭載したECLIPSE Z7(Digilent製,写真2写真3)とmz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) の組み合わせです.

ECLIPSE Z7は,$100\mathrm{MHz}$以上の帯域の$I/Q$ベースバンド信号を生成したり復調したりできます.ケース,A-Dコンバータ,D-Aコンバータボード込みで10万円以下です.Linuxも走るARM Dual Cortex-A9を内蔵するZynq-7020を搭載しています.

信号処理は,Zynq内でハード&ソフトすべて実行されるためリアルタイム広帯域送受信が可能です.処理結果はEthernet経由でパソコンに伝送されるため,リアルタイム動画の送受信実験もできます.

図10 ミリ波通信実験の接続例③ SoC開発用FPGA Zynq(ザイリンクス製)を搭載したECLIPSE Z7(Digilent製)とmz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) の組み合わせ
写真2 SoC開発用FPGA Zynq(ザイリンクス製)と高速A-Dコンバータ($14$ビット,$105\mathrm{MSPS}$)とD-Aコンバータ($14$ビット,$125\mathrm{MSPS}$),ギガ・ビット・イーサネットを搭載したECLIPSE Z7(Digilent製)
写真3 ECLIPSE Z7(Digilent製)に搭載されている基板

多チャネル同時送受信の基地局向け!$6 \mathrm{GSPS}$の超広帯域通信の実験

サンプリング周波数が$6 \mathrm{GSPS}$のA-DコンバータとD-Aコンバータを内蔵するFPGA“RFSoC(ザイリンクス)”を搭載したSDRユニット SIMT6000(ADR Communication製)と組み合わせた例です(図11).写真4は,実際にリアルタイム動画を$28\mathrm{GHz}$を使って伝送したときの実験のようすです.この構成は多チャネル同時送受信が必要なローカル5G基地局を想定しています.

図11 ミリ波通信実験の接続例④ 6GSPSのA-DコンバータとD-Aコンバータを内蔵するFPGAを搭載したSDRユニット SIMT6000(ADR Communication製)とmz-mmcon1(生産中止品.後継機は z-mmcon2) の組み合わせ
6GSPSの超広帯域通信や多チャネル同時送受信の実験が可能
写真4 図11の接続で,実際にリアルタイム動画を$28\mathrm{GHz}$を使った通信実験に成功している

コラム レシーバのアンテナやフィルタの作りやすさと比帯域

アンテナやフィルタの比帯域は,設計できる受信機の物理的な限界を決めます.図1図3の帯域は,リーズナブルな送受信機を設計できるかどうを検討したうえで決められています.

比帯域とは,キャリアの中心周波数($f_0$)と通信帯域($f_{BW}$)の比です.つまり次式で表されます.

\begin{equation} f_B=\frac {f_0} {f_{BW}} \end{equation}

アンテナを作るのが容易な比帯域($f_B$)の目安は$10$以上,フィルタの場合は$10$以下です.

例えば,FM放送の帯域は$76\mathrm{M}~90\mathrm{MHz}$の$14\mathrm{MHz}$です.キャリアの中心周波数を$83.0\mathrm{MHz}$とすると,比帯域($f_B$)は約$6(=83 \mathrm{M}/14 \mathrm{M})$です.初段のフィルタはLC構造のシンプルな回路で実現できます.アンテナも作るのは簡単です.

ところが,キャリアの中心周波数($f_0$)が$5\mathrm{GHz}$において帯域$14\mathrm{MHz}$の通信をする場合,比帯域($f_B$)は約$357(=5000/14)$です.アンテナは問題なく作れますが,初段のフィルタは設計の難しい高価なものになります.逆にキャリアの中心周波数($f_0$)が$10\mathrm{MHz}$において,帯域$14\mathrm{MHz}$の通信をする場合,周波数範囲は$3\mathrm{M}~17\mathrm{MHz}$になり,比帯域($f_B$)は$0.7$です.BPFは実現できますが,効率の良いアンテナは作ることは不可能です.

(c)2020 Takashi Kato