純度10$^{-10}$!超高C/N GPS PLLシンセサイザ pptgen誕生


$I/Q$送受信機のフィールド実験に

ルビジウム精度のGPSクロック・シンセサイザ z-pptgen1の基板設計

図1 0.1M~700MHzを2チャネル生成できるGPSシンセサイザ・キット.GPS電波を受信して動作し,離れた2地点にある非同期のディジタル無線器を同期させることも可能.画像クリックで動画を見る.または記事を読む.詳細は[VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナ

5Gや広帯域ディジタル無線の通信技術の進展により,正確な周波数の生成と同期がますます重要になっています.0.1MHzから700MHzの周波数を2チャネル生成できるキット(z-pptgen1)を紹介します.

GPSシンセ・キットz-pptgen1の周波数生成機能

GPSシンセ z-pptgen1は,0.1MHzから700MHzの広い周波数範囲をカバーし,2チャネル独立で出力できます.各チャネルは異なる周波数を生成できます.

システム・クロックは49.152MHzのクリスタルを基準に動作し,DPLL(ディジタル・フェイズト・ロックト・ループ)やAPLL(アナログ・フェイズト・ロックト・ループ)によって周波数を制御・安定化します.

z-pptgen1はGPS電波を受信して動作しますから,離れた2地点にある非同期の2台の広帯域ディジタル無線器を同期させることができます.

内部の基板設計

AD9545を用いたGPSクロック・シンセ・キットの基板設計は,高精度かつ安定したクロック生成を実現するために,複雑な高周波回路設計と基板設計が必要不可欠です.

高周波信号を取り扱う場合,信号の伝送特性やノイズ,クロストークなどがシステム全体の性能に大きく影響を与えるため,基板の層構成や配線パターンの最適化が非常に重要です.

1. マイクロストリップ線路とストリップ線路の使いわけ

AD9545は最大で4040 MHzのAPLL(アナログPLL)をサポートし,GPS信号のような高周波数帯域の信号も安定して取り扱う必要があります.

このため,基板の配線にはマイクロストリップ線路とストリップ・ラインの両方が使用されます.マイクロストリップは,比較的短い線路で特性インピーダンスを制御しやすい反面,クロストークに弱いという欠点があります.

一方で,ストリップ・ラインはクロストークを抑える効果が高く,ノイズ耐性が向上します.したがって,クロストークが問題となる長い配線や密集した領域では,ストリップ・ラインが優先されることが多いです.

2. 特性インピーダンスの制御

高周波回路において特性インピーダンスがずれると,信号の反射や損失が発生し,システムの性能に悪影響を及ぼします.AD9545のような高周波部品を使用する場合,50$\Omega$の特性インピーダンスが基準になります.

基板設計では,信号線の幅や基板の層厚を精密に制御することで,インピーダンスの変動を最小限に抑える工夫がされています.近似式やEXCEL計算シートを用いて設計を行い,さらにVIAの特性インピーダンスも電磁界解析を用いて確認し,50$\Omega$に一致するよう調整されます.

3. グラウンドリターンの確保とベタグラウンド設計

高周波信号はグラウンドリターンを意識した設計が不可欠です.信号のリターン電流が流れる経路が不適切だと,特性インピーダンスの乱れやノイズの発生につながり,不要放射も引き起こされます.

z-pptgen1の基板では,広いベタグラウンドが確保され,信号線が通るすべての層に対してリターン電流の経路が適切に設計されています.これにより,不要な電磁波の放射を抑え,信号の伝送品質を高めています.また,ベタグラウンドの共振を防ぐため,VIAを$\lambda$/2の1/10以下の間隔で配置し,特定の周波数での共振を抑制しています.

4. 差動配線とノイズ耐性

AD9545は差動信号駆動に対応しており,差動配線を利用することでノイズ耐性を向上させています.

差動信号は,信号線の間に流れる電流が逆位相で流れるため,外部からのノイズに強く,信号品質が向上します.また,差動信号ではグラウンドリターンが必要なく,リターン電流のケアが不要な点でも有利です.

差動駆動によってクロストークが10~20 dB程度改善されるため,z-pptgen1のような高精度なクロック生成システムでは,差動配線が採用されています.

5. VIAの影響と層間配線の工夫

VIAを使用して層を跨ぐ際,インピーダンス不整合が発生しやすく,信号反射や損失が増える可能性があります.

特にストリップ・ラインでは,VIAによる層入れ替えが原因で不整合が発生しやすいため,VIAの設置場所や層間の移動は慎重に設計されます.

z-pptgen1では,層を跨ぐ配線については電磁界解析を行い,VIAの影響を最小限に抑えた設計がなされています.また,VIA間の距離を$\lambda$/2よりも小さくすることで,高周波での不整合を防いでいます.

6. シミュレーションによる最適化

基板設計の最終段階では,電磁界シミュレーションを用いて設計の最適化が行われます.Sonnetなどのシミュレータを活用し,マイクロストリップやストリップ・ラインの特性インピーダンス,クロストーク,ノイズの影響を詳細に解析し,最適なレイアウトが決定されます.

特に,GPS信号やクロック信号の高精度な伝送を確保するため,共振現象や損失が最小化されるように設計が進められています.

z-pptgen1キットは,このような高度な基板設計技術により,高精度かつ安定したクロック生成を実現しています.AD9545の性能を最大限に引き出すための工夫が随所に施されており,GPSシステムにおいて信頼性の高いクロックシンセサイザとして活用されています.〈著:ZEPマガジン〉

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著者紹介

  • 1990年 無線通信機器メーカで設計開発.その後,計測器メーカでRF測定機器,半導体試験装置の設計開発
  • 2017年 フリーランスエンジニアとして独立,無線通信機器やSDR機器の受託開発
  • 2019年 株式会社ラジアンとして法人化,現在に至る

著書

  1. [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. [KIT]実験用28GHzミリ波パッチ・アンテナ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [KIT]実験用800M~6GHz 広帯域90°ハイブリッド,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室 [Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験],ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. 超長距離無線LoRaからローカル5Gまで!GNU Radio×USRPで作るソフトウェア無線機,ZEPエンジニアリング株式会社.
  6. 電波解読マシン Piラジオの製作,トランジスタ技術,2017年1月号 特集,CQ出版社.
  7. 電波超解像!スペクトラムプロセッサSDR誕生,トランジスタ技術,2018年9月号 特集,CQ出版社.
  8. 夢のRFコンピュータ・トランシーバ製作,トランジスタ技術,2017年8月号 連載,CQ出版社.
  9. 信号処理プログラミングで操るソフトウェア無線機&計測機,2019年春号,トランジスタ技術SPECIAL No.146,CQ出版社.

参考文献

  1. Arm M4/M7/DSP×500MHz!STM32H7ハイスペック計測通信Module開発,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. 高感度受信!ソフトウェア無線機の心臓部“Root-Raised Cosine Filter”の設計,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!RF回路シミュレーション&設計・測定入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!初めてのIoT向け基板アンテナ設計,ZEPエンジニアリング株式会社.
  6. [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編,ZEPエンジニアリング株式会社.
  7. [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】,ZEPエンジニアリング株式会社.
  8. [VOD]Pythonで学ぶ やりなおし数学塾1【微分・積分】,ZEPエンジニアリング株式会社.
  9. [VOD]Pythonで学ぶ やりなおし数学塾2【フーリエ解析】,ZEPエンジニアリング株式会社.