ルビジウム時計精度!GPS PLL シンセの実験


ジッタ・クリーナ AD9545の実力

GPS NEO-7MとAD9545を用いた周波数精度の検証

図1 NEO-7Mから出力される1pps信号をAD9545 PLLチップに入力しジッタを除去した10MHzの周波数精度をルビジウム発振器と比べてみた.画像クリックで動画を見る.または記事を読む.詳細は[VOD/KIT]GPSクロック・ジッタ・クリーナ

ルビジウム発振器とGPS同期型のPLLシンセサイザは,極めて高精度な周波数制御を実現しますが,特にジッタ(信号の時間的な揺れ)の問題が性能を左右します.ここでは,AD9545チップを用いたジッタ・クリーナの実力を実験的に検証し,ルビジウム発振器との比較を行います.

実験では,GPSモジュールUblox NEO-7Mを基準クロックとして,AD9545のデュアルDPLL機能を活用し,ジッタ・クリーナとしての能力を検証します.NEO-7Mは1pps(pulse per second)信号を生成し,AD9545に入力します.AD9545は,この1pps信号を10MHz,さらには最大5GHzまで逓倍し,最終的に高精度かつ低ジッタなクロックを生成することが目標です.

NEO-7Mから出力される1pps信号は,周波数精度に優れていますが,ジッタが多く含まれるため,そのままでは通信機器や高精度測定には適しません.AD9545内蔵のDPLLを使用することで,このジッタを大幅に低減することが可能です.

実験では,AD9545のループ・フィルタ帯域幅を調整し,ジッタ低減効果を確認しました.ループ・フィルタの帯域を狭めるとジッタの低減効果が高まりましたが,狭すぎる帯域は応答速度を遅くするため,最適なバランスを見つけることが必要です.例えば,帯域幅を10Hzに設定した場合,PLL出力のC/N(キャリア対ノイズ比)は大幅に改善され,10MHz信号のジッタが顕著に低下しました.

ルビジウム発振器との比較

次に,ルビジウム発振器を用いて同様の実験を行いました.ルビジウム発振器は,$10^{-10}$の精度をもち,非常に安定した周波数信号を供給します.実験結果として,ルビジウム発振器を基準にした場合,10MHz信号はほぼ静止波形として観察され,ジッタが非常に少ないことが確認されました.一方,GPS NEO-7Mを基準にした場合,初期の段階では1Hz程度の誤差が見られ,精度はやや劣る結果となりましたが,AD9545のジッタ・クリーニング機能を使用することで,ほぼルビジウム発振器と同などの精度が得られました.

この実験から,AD9545を用いたジッタ・クリーナは,コストを抑えつつも,ルビジウム発振器に匹敵する高精度なクロックを生成できることが示されました.

AD9545のあらまし

AD9545は,クロック信号の精度向上やジッタ・クリーニング機能を備えた高性能シンクロナイザおよびクロック・ジェネレータです.特に,デュアルDPLL(ディジタル・フェーズロック・ループ)を搭載しており,GPSや同期イーサネット(SyncE),PTP(IEEE 1588)などのアプリケーションに対応しています.以下では,AD9545の特徴と応用例について詳しく説明します.

1. AD9545のデュアルDPLL機能

AD9545のもっとも顕著な特徴は,デュアルDPLLによるジッタ・クリーニングと周波数変換機能です.DPLLは,入力された基準クロックのジッタを低減し,精度の高いクロック信号を出力します.この機能により,周波数が異なる複数の入力信号を,1Hzから750MHzまでの広範囲にわたって同期させることが可能です.

AD9545は,ITU-T G.8262やTelcordia GR-253などの国際的な規格に準拠しており,電気通信インフラや光通信ネットワークでの使用に最適です.また,DPLLのロック機能により,外部クロック・ソースが不安定な状況でも,内部で安定したクロックを生成することが可能です.これにより,たとえ基準クロックが途切れても,出力クロックは一定の精度を維持し続けることができます.

2. ジッタ・クリーニングとクロック生成

クロック信号のジッタは,タイミングの揺らぎを意味し,高精度なシステムにおいては非常に問題になります.特に通信機器やデータ・コンバータなどでは,ジッタが増大するとデータ転送の誤り率(BER)が悪化し,通信品質が低下します.AD9545は,DPLLによってジッタを低減し,クリーンなクロック信号を生成する能力をもっています.

AD9545のジッタ・クリーニング機能は,1Hzから500MHzの広い範囲にわたって高精度な出力を実現します.また,最大5つのクロック出力ペアをもち,それぞれが差動LVDS,HCSL,CML,または単一のシングルエンド出力として使用可能です.これにより,多様なシステムでの応用が可能です.

3. AD9545のアプリケーション

AD9545は,GPSシステム,PTP(精密時刻プロトコル),同期イーサネット(SyncE)といった時間・周波数の同期が重要な分野で広く使用されます.例えば,GPS信号を用いたクロックシステムでは,AD9545がジッタ・クリーニング機能を提供することで,ノイズが多い環境でも正確なクロック信号を維持できます.これは,GPSモジュールUblox NEO-7Mを基準クロックとして使用する際に特に有効です.

また,光伝送ネットワーク(OTN)や同期ディジタル階層(SDH)といった通信分野,さらに基地局やデータセンタなどのシステムにも適しています.これにより,高精度なタイミングが求められるシステムにおいて,信頼性の高い動作が確保されます.

4. ジッタ・クリーニング技術の進化

従来,ジッタ・クリーニングは高価なルビジウム発振器やOCXO(恒温槽付き水晶発振器)によって実現されてきましたが,AD9545の登場により,より低コストで同等レベルの精度が得られるようになりました.AD9545は,内部に高精度なTCXO(温度補償型水晶発振器)やOCXOを組み合わせることで,周波数の安定性を保ちながら,低位相ノイズを実現します.

また,AD9545は外部EEPROMに対応しており,自動初期化が可能です.これにより,設定の手間を省き,システムの構成を容易にします.さらに,温度モニタとアラーム機能も備えており,動作温度範囲内での性能安定化を図ることができます.

キーワード解説

1. ルビジウム発振器

ルビジウム発振器は,非常に高精度な基準周波数を提供する発振器です.原子時計の一種で,ルビジウム原子の遷移を利用して信号を発生させます.この技術により,$10^{-10}$レベルの周波数精度が得られます.ルビジウム発振器はGPS衛星にも搭載されており,地上でのGPS受信機が正確な位置情報を取得するための基準として使用されています.

今回の実験において,ルビジウム発振器は非常に安定した10MHzの信号を供給し,ジッタが極めて少ないことが確認されました.しかし,コストが高いため,一般的な用途ではAD9545のようなジッタ・クリーナが現実的な選択肢になります.

2. GPS NEO-7MとAD9545

Ublox NEO-7Mは,低コストで精度の高いGPSモジュールで,1ppsのタイムパルス信号を出力します.この信号を基準にして,AD9545のDPLLを使用して周波数を逓倍し,ジッタ・クリーナによって高精度なクロックを生成します.

AD9545は,ジッタ・クリーニングと高精度な周波数シンセサイザの機能を併せもち,1Hzから5GHzまでのクロック信号を生成することが可能です.特に,10MHz→100MHzに逓倍した際に20dBのC/N劣化が予測されましたが,AD9545はこれを抑える効果がありました.実験では,1kHzから10MHzの範囲でジッタ低減効果を確認し,ルビジウム発振器と同などの結果が得られました.

3. ジッタ・クリーナ

ジッタ・クリーナは,信号のタイミング揺れ(ジッタ)を除去するための回路です.ジッタは通信やクロック信号において,信号の誤りを引き起こす要因となるため,正確な周波数制御が必要な場面では特に重要です.

AD9545内蔵のジッタ・クリーナは,PLL(Phase-Locked Loop)回路を使用して,基準信号からジッタを除去します.例えば,ループ・フィルタの帯域幅を狭めることで,ジッタを効果的に抑制できます.〈著:ZEPマガジン〉

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著者紹介

  • 1990年 無線通信機器メーカで設計開発.その後,計測器メーカでRF測定機器,半導体試験装置の設計開発
  • 2017年 フリーランスエンジニアとして独立,無線通信機器やSDR機器の受託開発
  • 2019年 株式会社ラジアンとして法人化,現在に至る

著書

  1. [KIT]ミリ波5G対応アップ・ダウン・コンバータ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. [KIT]実験用28GHzミリ波パッチ・アンテナ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [KIT]実験用800M~6GHz 広帯域90°ハイブリッド,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. 5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室 [Vol.8 初めての28GHzミリ波伝搬実験],ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. 超長距離無線LoRaからローカル5Gまで!GNU Radio×USRPで作るソフトウェア無線機,ZEPエンジニアリング株式会社.
  6. 電波解読マシン Piラジオの製作,トランジスタ技術,2017年1月号 特集,CQ出版社.
  7. 電波超解像!スペクトラムプロセッサSDR誕生,トランジスタ技術,2018年9月号 特集,CQ出版社.
  8. 夢のRFコンピュータ・トランシーバ製作,トランジスタ技術,2017年8月号 連載,CQ出版社.
  9. 信号処理プログラミングで操るソフトウェア無線機&計測機,2019年春号,トランジスタ技術SPECIAL No.146,CQ出版社.

参考文献

  1. Arm M4/M7/DSP×500MHz!STM32H7ハイスペック計測通信Module開発,ZEPエンジニアリング株式会社.
  2. 高感度受信!ソフトウェア無線機の心臓部“Root-Raised Cosine Filter”の設計,ZEPエンジニアリング株式会社.
  3. [VOD]MATLAB/Simulink×FPGAで作るUSBスペクトラム・アナライザ,ZEPエンジニアリング株式会社.
  4. [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!RF回路シミュレーション&設計・測定入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
  5. [VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!初めてのIoT向け基板アンテナ設計,ZEPエンジニアリング株式会社.
  6. [VOD/KIT]初めてのソフトウェア無線&信号処理プログラミング 基礎編/応用編,ZEPエンジニアリング株式会社.
  7. [VOD]Pythonで学ぶ マクスウェル方程式 【電場編】+【磁場編】,ZEPエンジニアリング株式会社.
  8. [VOD]Pythonで学ぶ やりなおし数学塾1【微分・積分】,ZEPエンジニアリング株式会社.
  9. [VOD]Pythonで学ぶ やりなおし数学塾2【フーリエ解析】,ZEPエンジニアリング株式会社.