LTspice設計データで学ぶ Analog Devices電子回路教室


キー・デバイス“OPアンプ”のパフォーマンスを100$\%$引き出す


第3回 低電圧/単電源動作のための適切なOPアンプ選定


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連載目次(全4回)

   第1回 OPアンプの周波数特性と適切な選び方
   第2回 高精度増幅を実現するOPアンプの選び方
   第3回 低電圧/単電源動作のための適切なOPアンプ選定
   第4回 安定に動作する負帰還アンプの検証と構築

本連載(全4回)では,世界的アナログ半導体メーカアナログ・デバイセズが,実用的なアナログ電子回路の設計手法の本質と基本を解説します.


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1.はじめに

最近はポータブル機器をはじめとして,低い電源電圧の機器がかなり多くなっています.またUSBから電源を供給する条件としては,+5Vの単電源で動作するシステムが好まれます.

アナログ電子回路を作るうえでのOPアンプも,この「低電圧電源や単電源動作」の要求に合わせたICを選定する必要があります.さらには単に使用電源電圧要件での使用可否だけでなく,OPアンプの各種特性も含めて適切なICを選定すべきです.

本稿では,低電圧電源や単電源で使用できるOPアンプの考え方と,それを目的の回路に応用するときの注意点について説明します.

2.単電源・低電圧で動作できるOPアンプの基本

OPアンプはそれぞれの製品種別ごとで,動作可能な電源電圧の最低値と最大値が規定されています.OPアンプを活用するとき,少なくともこの制限を守らなければなりません.

対応するOPアンプを選択するには,アナログ・デバイセズのウェブサイトでのOPアンプ・サブカテゴリ・ページから,「サブカテゴリの製品をすべて見る」をクリックして現れるセレクション・テーブルが使えます.パラメータをいろいろ選択できるので,必要とするパラメータを表示させ,絞りこんでいきます.最低動作電圧は“Vs span min”というパラメータで絞ります.たとえば4Vと指定すると,(執筆時点で)613製品が対象となりました.

CMOS OPアンプADA4666-2という製品を例にとってみると,データシートには図1のように電源電圧範囲の記述があります.

図1 ADA4666-2のデータシート上の記述

ここでは「Single-supply operation(単電源動作)」として,3Vから18Vと表記されています.その下には「Dual-supply operation(両電源動作): $\pm$ 1.5 V to $\pm$ 9V」とも表記されています. この解釈は,マイナス電源端子とプラス電源端子の間の電位差が最小3V,最大18Vだとすればよいのです.両電源動作の表記は,$\pm$としてその半分の大きさが記載されているだけなのです.

それぞれの電源電圧とグラウンドの電位との関係はそれほど重要ではなく,図2のように電源端子間の電位差に着目することが基本になります.ADA4666-2では明確に単電源動作可能と明記されていますが,明記されていない(両電源電圧だけ表記された)OPアンプであっても,使用時の電源端子間の電位差が両電源電圧の電位差規定範囲に収まっていれば使えることになります.

図2 OPアンプの電源電圧は電源端子間の電位差に着目すればよい

入力端子の電圧については,マイナス側電源電圧からみた入力動作電圧範囲(コモン・モード電圧)を満足していればよく,プラスとマイナスの電源電圧はグラウンド電位からみて非対称でも問題なく動作します.

3.低電圧で注意すべきOPアンプの入出力範囲

前出のADA4666-2では,入出力範囲は「レールtoレール入出力」と表記されており,これは「入出力とも電源電圧いっぱいまで入力できたり出力できたりする」ということを意味します.「レール」は電源電圧を指します. 低電圧や単電源動作では,この種類のOPアンプを選定すれば良好です.それでも一方で以降に示すようなデメリットもありますので,安易に「レールtoレール入出力なら安心」と考えることも要注意です.

3.1 レールtoレール構成ではないOPアンプもある

「ディジタルICは電源電圧いっぱいで動作するから,OPアンプもICだから当然同じなのだろう」と思うかもしれませんが,これは間違いで,電源電圧いっぱいまで動作できないOPアンプも多くあります.

これは内部回路の構成が理由で,データシートにもその範囲がきちんと記載されています.図3はレールtoレール入出力ではないADA4077-2の例です.

図3 レールtoレール入出力ではないOPアンプADA4077-2の入出力電圧範囲

この例は電源電圧が$\pm$ 5Vの両電源($V_{SY} = \pm$ 5V)ですが,入力範囲のプラス側は電源電圧から2Vの空白領域,マイナス側は電源電圧から1.2Vの空白領域があることがわかります.出力範囲はプラス・マイナスどちらも1.5Vの空白領域になっています.この空白のことを「ヘッドルーム」,「レッグルーム」と呼びます.

これは電源電圧が両電源$V_{SY} = \pm \rm{5V}$のケースです.「それでは単電源5V(ADA4077-2の最低動作電源電圧)やほかの電源電圧ではどう考えればよいのか」という疑問に対しては,「電源電圧からの空白範囲,ヘッドルーム/レッグルームは電源電圧によらず一定」という考え方に立てば答えを得ることができます.

図4はこれを低電圧状態での入力電圧に関して図示したものです.最低動作電源電圧の$\pm$ 2.5V,つまり単電源の5Vにおいて,中央からプラス側が0.5V,マイナス側が1.3Vの動作範囲になることがわかります.

図4 ADA4077-2の低電源電圧での入力動作電圧範囲を得る方法

レールtoレール入出力ではないOPアンプの場合は,この手順で選定するとよいでしょう.

このようすを,LTspiceを用いてシミュレーションします.図5ADA4077-2を単電源・低電源電圧の5Vの条件でボルテージ・フォロア構成としたもの(入力電圧が変化する)と,反転増幅構成としたもの(入力電圧が変化しない)に,時間で振幅が増加する入力を加えてみたものです.図6はシミュレーション結果です.

図5 ADA4077-2の5V単電源・低電源電圧で入出力が飽和するようす
図6 図5のシミュレーション結果(上・緑:力波形,中・赤:ボルテージ・フォロア構成出力,下・青:反転増幅構成出力)

ボルテージ・フォロア構成(中央:赤)は入力が飽和した状態を示しており,反転増幅構成(下:青)は出力が飽和した状態を示しています.このようにレールtoレールではないOPアンプでは,電源電圧いっぱいまでの動作をすることができません.

3.2 電源レールを超えて動作するOPアンプ

入力動作範囲の仕様が「マイナス側の電源電圧まで動作する」とあっても,単電源で使用する場合に,グラウンド付近の入力電圧ではマージンがないので少し心配もあるでしょう.入力電圧がマイナス側の電源電圧をいくぶん(100m~500mV程度)超えても動作するOPアンプがあります.

一例とすれば,AD8566ADA4511-1ADA4620-1/2MAX4330MAX4334が挙げられます.これらは完全にマイナスの電源電圧と同じ電圧を入力に加えられますので,単電源かつ,グラウンド基準の信号を非反転増幅構成として増幅できます.これにより少しでも入力電圧範囲にマージンをもった回路を構成することができるので,1つの手段として活用できるでしょう.

また「$\text{Over-The-Top}^{\rm{TM}}$」というアナログ・デバイセズの登録商標のOPアンプも多数用意されており,たとえばADA4099-2では,プラス側の電源電圧に関わりなくマイナス側電源電圧プラス70Vの入力電圧を受け付けることができます.プラス側の電源電圧を超えると,内部で動作する回路が切り替わり,このような高い入力電圧を受け付けられるようになります.高電圧が入力に加わる可能性のある信号源などの場合に良好です.

4.レールtoレール入力のデメリット

もともとOPアンプはレールtoレール入出力ではありませんでした.そこに「細工」を加えることで,レールtoレールを実現しています.そのためデメリットも存在します.ここではとくに重要な入力側,レールtoレール入力についてその注意点を解説します.

OPアンプの入力は差動増幅構成ですが,レールtoレール入力のOPアンプは図7ADA4666-2の例)のように入力の差動増幅回路が2回路内蔵されています.1つが赤で示した高い入力電圧(これがコモン・モード電圧に相当し,入力端子におけるマイナス電源からの電位差となる)に対応するNチャネルFETのペア,もう1つが青で示した低い入力電圧に対応するPチャネルFETのペアです.入力のコモン・モード電圧の状態により動作するペアが切り替わり,電源レール全域のコモン・モード電圧範囲に対応できるようになっています.

図7 レールtoレール入出力OPアンプADA4666-2の構成と2ペアの入力差動回路

差動回路を2ペア用意することで,レールtoレール入力を実現できますが,このペアが切り替わることにより,入力の動作条件が変わり,入力オフセット電圧や,バイアス電流の変動が生じます.この話題は前回もAD8605 / AD8606 / AD8608を例として説明しました.

図7に示したADA4666-2のコモン・モード電圧の変化による入力オフセット電圧の変動を図8に示します(電源電圧は単電源で3V).コモン・モード電圧(入力端子におけるマイナス電源からの電位差)が2.3V付近で担当する入力差動回路ペアが切り替わることがわかり,それにより,1mV程度の入力オフセット電圧の変化を確認できます.

図8 ADA4666-2のコモン・モード電圧の変化による入力オフセット電圧の変動

ADA4666-2はCMOS OPアンプなので,バイアス電流は動作に影響を与えるほどのものではありませんが,バイポーラ入力のレールtoレール入力OPアンプでは結構な大きさのバイアス電流の変動があります.

図9は,OP184OP284OP484のコモン・モード電圧の変化による入力バイアス電流の変動のようすです.マイナス側からプラス側の変化でバイアス電流の極性が反転し,また直線的に入力バイアス電流が変化していることがわかります.なおOP184OP284OP484では直線的に変化していますが,OPアンプによってはある電圧で急激に変化するなど,この挙動が変わってきますので注意が必要です.

図9 OP184/OP284/OP484のコモン・モード電圧の変化による入力バイアス電流の変動

入力信号がこの切り替えポイント(コモン・モード電圧)を通過する場合は,ひずみや誤差が増加します.このような回路構成においては,適切なOPアンプを選定したうえでデータシートを熟読して完成回路でどのような挙動/特性になるかを十分検討してください.

5.単電源動作によるオーディオ信号の増幅回路

最後にレールtoレール入出力OPアンプを用いた5V単電源動作による,オーディオ信号の増幅回路を紹介します. 図10は,この回路をLTspiceの回路図として構成したものです.先に紹介した,CMOS OPアンプADA4666-2を用いています.

オーディオ信号は直流を増幅する必要がないため,このようにキャパシタ$C_{DC}$により直流をカットして,単電源かつ入力動作電圧範囲内で動作する回路を構成できます.回路は反転増幅回路構成で,信号源抵抗$R_S$ = 1k$\Omega$,入力抵抗$R_G$ = 1k$\Omega$と帰還抵抗$R_F$ = 20k$\Omega$により,$-$10倍(20dB)のゲインの回路になっています.

図10 レールtoレール入出力CMOS OPアンプADA4666-2を用いた5V単電源動作によるオーディオ信号の増幅回路

増幅できる低域の$-$3dB周波数(カットオフ周波数)$f_{\text{Low-3dB}}$は,

\begin{align*} f_{\text{Low-3dB}} &= \dfrac{1}{2\pi C_{DC}\left(R_S + R_G\right)} \\ &= \dfrac{1}{2\pi \times 1\,\mu\text{F} \times (1\,\text{k}\Omega + 1\,\text{k}\Omega)} \\ &= 80\,\text{Hz} \end{align*}

になります.コモン・モード電圧は$R_{D1}$と$R_{D2}$で決まり,電源電圧の半分の2.5V(中央)になります.$C_N$は無くても動作しますが,ノイズ除去として$-$3dBカットオフ周波数$f_{\text{Bias-3dB}}$が,信号の低域$-$3dB周波数$f_{\text{Low-3dB}}$よりも十分に低くなるように,

\begin{align*} f_{\text{Bias-3dB}} &= \dfrac{1}{2\pi C_N \left(R_{D1} \parallel R_{D2}\right)} \\ &= \dfrac{1}{2\pi \times 10\,\mu\text{F} \times \left(10\,\text{k}\Omega \parallel 10\,\text{k}\Omega\right)} \\ &= 3\,\text{Hz} \end{align*}

と設定しています($\parallel$は並列接続の意味).

図11にシミュレーション結果を示します.ここでは$R_F$に並列にキャパシタ$C_F$を接続してあり,それを0pF(無し)と,160pFという2条件でのシミュレーションをしています.このキャパシタ$C_F$により,増幅できる高域の$-$3dB周波数(カットオフ周波数)$f_{\text{High-3dB}}$は,

図11 図10のシミュレーション結果(緑:$C_F$ = 0pF,青:$C_F$ = 180pFで50kHzに帯域制限)
\begin{align*} f_{\text{High-3dB}} &= \frac{1}{2\pi C_F R_S} \\ &= \dfrac{1}{2\pi \times 160\,\text{pF} \times 20\,\text{k}\Omega} \\ &= 50\,\text{kHz} \end{align*}

になります.OPアンプの高域特性が希望以上に伸びている場合,キャパシタ$C_F$により帯域制限を行うことができます.〈石井 聡


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2025年10月3日(金),アナログ・デバイセズDigiKeyは,USBマルチ測定器ADALM1000(アナログ・デバイセズ製)と,OPアンプ実習キット z-adalmopa(ZEPエンジニアリング製)を動かしながら,アナログ回路のキー・デバイス「OPアンプ」の使い方をマスタするハンズオン・セミナを開催します(図A).受講をご希望の方は,こちらを参照してください.

講師は本連載の著者 石井 聡 氏(アナログ・デバイセズ プリンシパル・エンジニア)です.実測を通じて設計力を磨くとても貴重な機会です.

図A 2025年10月3日(金),アナログ・デバイセズ製のUSBマルチ測定器ADALM1000を活用し,アナログ回路のキー・デバイス「OPアンプ」の使い方をマスタするハンズオン・セミナを開催

ADALM1000は,ALICEという制御ソフトウェアを用いることで,オシロスコープ,ボーデ・プロッタ,スペクトラム・アナライザ,インピーダンス・アナライザなどの機能ができる万能測定器です.その使い方は「Active Learning ProgramADALM1000(M1K)使用の手引き」を参照ください.

本セミナでは,アナログ・デバイセズ製のOPアンプ AD8506が実装されたOPアンプ実習キット z-adalmopaを1人1人が使用し,ADALM1000で測定しながら,OPアンプの動作を理解し,そのパフォーマンスを100$\%$引き出す方法を確実にマスタします.

講師と一緒に!全13の実習

  1. 非反転増幅回路
  2. 反転増幅回路
  3. ボルテージ・フォロア
  4. 増幅回路の周波数特性
  5. スルーレート特性
  6. ミキシング回路の動作
  7. OPアンプのオフセット電圧の測定
  8. OPアンプの出力インピーダンス
  9. トランジスタのドライバ回路
  10. OPアンプの安定性
  11. OPアンプのノイズ
  12. フォトダイオード・アンプの安定性評価
  13. 弛張発振回路

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OPアンプの基本的な使い方から高精度な計測回路の設計法まで,実際の回路例とともに学べる内容です.LTspiceによるシミュレーションと実測の比較もあり,理解が深まる内容です.アナログ回路を本気で学びたい方におすすめです.

 第1回 OPアンプの中身
  第2回 OPアンプの基本回路
  第3回 OPアンプの基本的な各種特性
  第4回 オーディオ用回路
  第5回 高精度計測回路
  第6回 OPアンプで作る発振回路
  第7回 電流電圧変換回路
  第8回 OPアンプの安定性の確認と改善方法

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