高周波対応シミュレータ Qucsで学ぶアナログ電子回路 超入門[第1回 プリント・パターンは$L$と$C$でできている]
GHz×Gbit時代のハードウェアはパソコンで設計する
電子回路は高周波センスで動かす時代
アナログ回路もディジタル回路も高速・高周波化し,パッケージも繊細で小型になり,試作や測定すら難しくなりました.今や高周波センスなくして,電子回路や基板を設計することはできません.
今は,シミュレータ活用技術の習得が必須の時代です.
無料で無制限の“LTspice”は,今や定番の電子回路シミュレータですが,高周波回路設計に欠かせない$S$パラメータを使った数値解析ができません.
今のお勧めは“QucsStudio”です.デバイス・メーカが公開するデバイス・モデル,つまり$S$パラメータをダウンロードしてQucsStudioに組み込み,さまざまな条件下での挙動をすべて予測・解析し,最小限の試作で,回路や基板sデータを100\%完成させることができます.
本連載では,QucsStudioを使いながら,インピーダンスの基礎から差動線路のプリント・プリント・パターンの設計法までをマスタします.
G(ギガ)時代はシミュレーションで乗り切る
巷で,G(ギガ),GHz(ギガヘルツ)という言葉を当たり前のように見聞きするようになりました.でも,いざその世界へ踏み込もうとすると,高い壁に阻まれてしまいなかなか前に進むことができません.
この連載では,その足掛かりとして,基板のプリント・パターンに注目し,低周波と高周波で何が違うのか見て行きます.その中で,理解を助けるツールとして,フリーの高周波回路シミュレータ“QucsStudio”を活用します.
低周波の目で見るプリント・パターンの姿
高周波回路では,高周波の信号を伝えるためのプリント・パターンを「伝送線路」(Transmission Line)と呼びます.
伝送線路と呼ぶと,ほかのプリント・パターンとは違う何か特別なもののような感じがします.直流?低周波回路のプリント・パターンと,この伝送線路では何が違うのでしょうか.
皆さんは,直流回路や低周波回路のプリント・パターンを描くとき,どんなことに気を付けているでしょうか?
- 大電流が流れるプリント・パターンは,流れる電流に合わせて太くする
- 大電流が流れないプリント・パターンは繋がっていればOK
- グラウンドのプリント・パターンはとにかく太くする
直流 $\sim$ 低周波回路では,プリント・パターンの抵抗の大きさを問題にします.
図1に示す基板プリント・パターンの抵抗$R$は式\eqref{eq:1_resistance}で求められます.
\begin{align} \label{eq:1_resistance} R=\rho \times \dfrac{L}{tW} [\Omega] \end{align}
ただし,$R$はプリント・パターンの抵抗値[$\Omega$],$\rho$は銅の抵抗率($1.72 \times 10^{-8})\, [\Omega \cdot \text{m}]$です.
$W=$1mm,$t=18 \mu \text{m}$,$L=$10mmの場合,抵抗$R$は$9.5m\Omega$になります.式\eqref{eq:1_resistance}から明らかなように,プリント・パターン幅$W$を太くする,または銅箔を厚くすれば抵抗が小さくなり,電圧降下,そして発熱が小さくなるということです.
高周波の目で見るプリント・パターンの姿
抵抗に加えて「インダクタンス」が見えてくる
高周波的な視点でプリント・パターンを眺めてみましょう.
プリント・パターンの銅箔の部分には,抵抗以外にインダクタンスも存在しますが,直流?低周波では非常に小さいため無視されます.
図2に示すプリント・パターンのインダクタンス$L_P$は,式\eqref{eq:2_l_patten}で求められます.
\begin{align} \label{eq:2_l_patten} L_P = 0.2 \times L \left[ \ln \left( \dfrac{2L}{W+t} \right) + 0.2235 \times \left( \dfrac{W+t}{L} \right) + 0.5 \right] \, [\text{nH}] \end{align}
$W=$1mm,$t=18 \mu \text{m}$,$L=$10mmのプリント・パターンのインダクタンス$L_P$は7nHです.
周波数が高くなるほど減衰量が大きい
プリント・パターンがインダクタンスと等価であると仮定したときの通過特性を電子回路シミュレータ QucsStudioで調べてみます.
図3にシミュレーション回路と通過特性を示します.数百MHz以下ではほとんど減衰することなく通過していますが,周波数が高くなるにしたがって減衰量が大きくなります.
長さ10mmのプリント・パターンの想定でこの損失ですから,プリント基板のパターンでは高周波信号は送れそうにありません.
「キャパシタンス」も見えてくる
実際のプリント・パターンは「抵抗」と「インダクタンス」に加えて「キャパシタンス」ももちます.
プリント・パターンとグラウンドの2つの金属板の間には基板材料である誘電体が挟まれています(図2).この構造は,図4に示す平行平板キャパシタと同じです.
この平行平板キャパシタの容量は,式\eqref{eq:3_capacitance}で求められます.
\begin{align} \label{eq:3_capacitance} C_P=\varepsilon_r \varepsilon_0 S/d \end{align}
ただし,$\varepsilon_0$は真空の誘電率($8.854 \times 10^{-12}$)[F/m]です.
先ほどのインダクタンスの計算例と同じ,$W=$1mm,$L=$10mmの場合,厚さ0.6mmのFR-4基板(ガラス・エポキシ基板,$\varepsilon=$4.4)を想定すると,$S=W \times L$なので,キャパシタンス$C_P$は0.65pFになります.
プリント・パターンの等価素子として,このキャパシタンスだけが存在すると仮定したとき,プリント・パターンの通過特性がどうなるか,QucsStudioでシミュレーションしてみましょう.
キャパシタンスは信号ラインのプリント・パターンとグラウンド間に並列に存在します.
周波数が高くなるほど減衰量が大きい
図5にシミュレーション回路と通過特性を示します.
インダクタンス$L_P$の影響ほどではありませんが,同じく周波数が高くなると徐々に減衰量が大きくなります.さらに高い周波数では,影響を無視できなくなるでしょう.
まとめ:プリント・パターンは信号を減衰させるLとCでできている
今回は,プリント・パターンがもつ抵抗,インダクタンス,キャパシタンスの信号への影響を見てきました.
ここまでの話では,インダクタンスやキャパシタンスによって信号レベルが減衰するため,プリント・パターンで高周波信号を送ることができそうにありません.
低周波回路では,プリント・パターンは「部品や回路を単に接続するもの」と考えます.一方高周波回路では,「信号を伝える長さをもった1つの部品」と考えます.その部品としての特性が「特性インピーダンス」です.
次回は,この「特性インピーダンス」について詳しく説明します.
コラム その境目は?「低周波」と「高周波」
「低周波」と「高周波」の境目はどこでしょうか?
数MHzでも高周波と感じる人もいれば,UHF帯(300MHz~3GHz)以上が高周波という人もいるでしょう.その人の感覚と経験によってその境目は大きく違います.
プリント・パターンの長さが,自由空間における最高周波数の信号の波長$\lambda$の1/10を超えているなら,その信号は高周波です(図6).
この条件下では,プリント・パターンを通過したときの信号の位相変化が無視できなくなり,プリント・パターンも1個の部品として捉える必要があります.
300MHzの信号の波長は1mなので,長さ10cmのパターンは高周波回路として捉えます.
なお,プリント・パターン中を通過する信号の波長は,自由空間よりも短くなります.
一般に低周波回路では,電圧と電流で信号を伝達します.一方高周波回路では,信号を電力で伝達します.したがって,高周波回路や高周波信号の伝送路を設計するときは,送り側と受け側との間で,接続するプリント・パターンも含めて,インピーダンス整合が必要です(図7).
そこで使用するプリント・パターンは,信号を伝える伝送線路として,特性インピーダンスなどの条件を満たす必要があります.
参考文献
- 市川 裕一(I-laboratory)、高周波回路の設計と製作、誠文堂新光社。
- 市川 裕一(I-laboratory)、はじめての高周波測定、CQ出版株式会社。
- 市川 裕一(I-laboratory)、復刻版 GHz時代の高周波回路設計【オンデマンド版】、CQ出版株式会社。
- 加藤 隆志(株式会社ラジアン)、5G時代の先進ミリ波ディジタル無線実験室、ZEPエンジニアリング株式会社。
- 知念 幸勇、[VOD/KIT]3GHzネットアナ付き!RF回路シミュレーション&設計・測定入門、ZEPエンジニアリング株式会社。
- 川口 正、[VOD/KIT]ポケット・スペアナで手軽に!基板と回路のEMCノイズ対策 10の定石、ZEPエンジニアリング株式会社。
- 池田 浩昭、[Webinar/Book/data]電磁界シミュレーションによるプリント基板設計&EMC対策、ZEPエンジニアリング株式会社。
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