マルチバンドRTK 実際の製品と実力
単独高精度測位 みちびき補正信号CLAS入門
マルチバンドRTKの実力と実験評価
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図1 RTK-GNSS技術の進展に伴って,cm級の測位精度が市販品でも実現されつつある.その中心はマルチバンド対応のRTK受信機.画像クリックで動画を見る.または記事を読む.[著]岡本 修 詳細:[VOD] センチメートル測位RTKのしくみと開発技術 |
RTK-GNSS技術の進展により,cm級の測位精度が市販品でも実現されつつあります.その中心にあるのが,マルチバンド対応のRTK受信機です.特にu-blox社のF9Pは,GPS,GLONASS,BeiDou,Galileo,QZSSといった全世界の測位衛星に対応し,非常に高い性能を示しています.
実験では,定点測位と移動観測の両方で複数機種を比較しています.定点観測では,F9Pが±1?1.5cmの範囲で安定した測位結果を示しました.仰角マスクやSNR条件を緩和しても,Fix率100$\%$,2DRMS14mmという精度が得られました.
動的な環境下における再現性とFix維持性能
次に,スライド・レール上を移動する台車にGNSSアンテナを取り付けて測定を行いました.F9Pはオープン・スカイ下で7mm程度のブレ幅に収まり,木や建物の近傍といった障害物が存在する環境でも,20mm程度のばらつきにとどまりました.ほかの高価格帯の受信機と比較しても,F9Pの結果は非常に良好です.
さらに,屋外構造物下でのFix維持能力も検証しました.木陰や工場の軒下に入り込む過酷な条件でも,F9PはFixからFloatへ移行する挙動が明瞭で,Float中も測位軌跡が崩壊しませんでした.他機種ではFloatになると歩行軌跡が大きく乱れるケースが多く見られましたが,F9Pは追従性能にも優れていました.
比較評価された受信機と実験構成
- M8T+RTKLIB:シングルバンド.Fix率98.8$\%$,2DRMS12mm
- F9P:マルチバンド.Fix率100$\%$,2DRMS14mm
- B社製ローコスト受信機:Fix率91.6$\%$,2DRMS30mm
- C社製ハイエンド機:Fix率100$\%$,2DRMS19mm
実験にはTallysman GP3870アンテナを用い,スプリッターで4分配して各機器に接続しました.すべての実験は1Hzまたは2Hzで8時間以上の観測を行い,受信機ごとに専用の基準局データを使用しています.
まとめ
F9Pはマルチバンド対応でありながらローコストという特徴をもち,定点・動的環境ともに優れた精度を実現しています.高価格帯の受信機と比較しても大きな差はなく,従来のRTKシステムに比べて測位信頼性が大幅に向上しています.
マルチバンドRTKの基礎
RTK(Real Time Kinematic)は,基準局と移動局の2点間で位相差を利用することで,cm級の位置情報をリアルタイムに算出する技術です.これまでのRTKはL1帯と呼ばれる単一の周波数だけを利用するケースが多く,マルチパスや電離層による遅延の影響を受けやすいという課題がありました.
マルチバンドRTKでは,L1帯だけでなくL2,L5帯といった複数の周波数帯を同時に受信し,誤差要因をモデル化して除去します.これにより,初期のFix取得までの時間短縮,再Fixの迅速化,そして高精度の維持が可能になります.
マルチバンドRTKに必要な条件
- 複数の衛星システムへの対応(GPS,GLONASS,Galileo,BeiDou,QZSS)
- L1,L2など複数の搬送波受信に対応するRFフロントエンド
- 観測点間の通信インフラ(RTCMなどの補正情報伝送)
- GNSS信号の処理アルゴリズム(cm級誤差評価)
F9Pはこれらの条件をすべて満たしながらも低価格であり,一般の測量,農業,ロボット,自律移動体など幅広い分野での応用が期待されています.
マルチバンドRTKのメリットと限界
マルチバンドRTKの利点は,電離層遅延の補正精度が向上し,再Fixが高速になることです.また,衛星信号の多重受信によって遮蔽耐性が増し,構造物近傍での精度も維持しやすくなります.とくに都市部や樹木の多い環境では,シングルバンドに比べて測位精度の安定性が顕著に向上します.
ただし,複数周波数に対応したハードウェア構成はシンプルなものより複雑となり,受信機のサイズや消費電力,アンテナ性能などの制約も無視できません.また,利用する衛星系がマルチバンドに未対応の場合,実質的な効果が限定されることもあります.
まとめ
マルチバンドRTKは,従来の単一周波数RTKに比べて誤差に強く,再Fixも迅速に行える先進的な測位手法です.高精度測位が求められるさまざまな応用分野で,今後さらに普及していく技術です. 〈著:ZEPマガジン〉
著者紹介
- 1993年 西松建設(株)技術研究所研究員
- 2000年 茨城工業高等専門学校助手
- 2002年 博士(工学)「リアルタイム・キネマティックGPS測位の建設工事における応用に関する研究」,主に建設業における高精度衛星測位の応用において,1周波RTK測位の普及等の低価格化,遮へいやマルチパスの多い環境におけるセンチメータ級測位の応用,誤差補正法に取り組む.RTK-GPSの誤差補正法等で2001年日本測量協会測量技術奨励賞,地下埋設物可視化システムの開発で2019年土木学会技術開発賞を受賞
- 2020年 静岡大学土木情報学研究所客員教授
- 詳細
著書
- 高精度衛星測位の性能と応用事例,日本ロボット学会誌,37(7),pp.15~20,2019.7.
- 衛星測位を利用した土壌汚染状況調査における調査地点設定システム,測量,65(12),pp.14-17,2015.12.
- 電波の悪い森の中でも美軌道測位,トランジスタ技術2019年10月号,別冊,pp.2~3,CQ出版社.
- 最新RTKレシーバFi×性能対決,トランジスタ技術2019年2月号,pp.41~45,CQ出版社.
- センチ・メートル測位RTK法の基礎と実力,トランジスタ技術2016年2月号,pp.66~79,CQ出版社.
参考文献
- [VOD/KIT]RTKポータブル・センチ・メートル測位キット,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD/Pi400 KIT]SLAMロボット&ラズパイ付き!ROSプログラミング超入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD]確率・統計処理&真値推定!自動運転時代のカルマン・フィルタ入門,ZEPエンジニアリング株式会社.