NTRIPサーバが出す“RTCM”データ
単独高精度測位 みちびき補正信号CLAS入門
RTCMとは
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図1 RTCM(Radio Technical Commission for Maritime Services)は,衛星測位システムの基準局から移動局に配信されるデータの規格.画像クリックで動画を見る.または記事を読む.[著]岡本 修 詳細:[VOD] センチメートル測位RTKのしくみと開発技術 |
RTCMは「Radio Technical Commission for Maritime Services」の略で,米国の海上無線技術委員会により策定された通信規格です.特にRTCM Version 3は,衛星測位システムで用いる基準局から移動局への高精度なデータ配信に適しています.以前のVersion 2は圧縮率が低く,通信負荷が高いことから,トリンブル社が開発したCMRという独自フォーマットが広く使われていました.
しかし,RTCM Version 3の登場により圧縮効率が大幅に向上し,各種受信機が対応するようになりました.このフォーマットは公式に販売されている仕様書に基づいており,自由に中身を参照することはできません.MSM(Multiple Signal Message)という形式で分類されており,GPSやGLONASS,QZSS(みちびき)など複数の衛星信号を統合的に扱える構造です.
NTRIPによるリアルタイム配信
NTRIP(Networked Transport of RTCM via Internet Protocol)は,RTCMデータをインターネット経由で移動局に送信するためのプロトコルです.NTRIPには次の3つの構成要素があります.
- NTRIP Server:基準局で観測したデータを収集する
- NTRIP Caster:サーバから受け取ったデータを中継・配信する
- NTRIP Client:ユーザ側で基準局データを受信する
多くの場合,基準局データとしてRTCM3形式が用いられています.無料の基準局データ配信サービスも存在し,NTRIP Casterソフトの例としてSNIPやrtk2goが知られています.NTRIPによって配信されるデータは,受信機メーカによって独自に定義されたRAWフォーマットなども含むことが可能です.
CLASとRTKの比較
準天頂衛星「みちびき」はCLAS(Centimeter Level Augmentation Service)という補正信号を提供しています.これは基準局を必要とせず,みちびき衛星からの補正情報により高精度な単独測位が可能です.CLASは日本全国に対応した共通の補正情報を送信しており,RTKと比べると構成は簡素です.
一方で,RTKはローカルな基準局と移動局のリアルタイムな補正情報のやり取りによって数センチレベルの精度を実現します.CLASは単独で高精度を得られる利点がありますが,RTKのほうが理論上の測位精度は高く,土木・建築・農業分野で広く活用されています.
まとめ
RTCMとNTRIPは,RTKにおける基準局データの伝送技術として不可欠な要素です.CLASとは異なり,複数の構成要素によって構成されますが,高精度かつリアルタイムな測位を実現するためには有効です.特に測位制度を極限まで高める用途においては,RTCMバージョンやMSMタイプの選定が重要です.
RTCMのデータ・タイプとバージョンの進化
RTCMとは,GNSS基準局が移動局に補正情報を配信する際の共通データ形式です.Version 2では圧縮効率が低く通信量が大きいため,専用フォーマットであるCMRが多く利用されていました.Version 3では圧縮率が高まり,各受信機での処理が効率化されたことにより,多くの現場で標準採用されています.
RTCM3の中でも特に重要なのが「Type1077」などで知られるMSM(Multiple Signal Message)です.これは1つのメッセージで複数の衛星系・周波数・観測量を扱えるため,近年の高性能マルチバンド受信機と相性が良く,標準の形式になっています.
MSMの分類と使いわけ
MSMは次のような種類に分類されています.
- MSM1:Pseudorange(コード距離)
- MSM2:Pseudorangeだけ
- MSM3:PseudorangeとPhaseRange
- MSM4:Pseudorange,PhaseRange,CNR
- MSM5:Pseudorange,PhaseRange,Doppler,CNR
- MSM6:CNRを高分解能で提供
- MSM7:Pseudorange,PhaseRange,Doppler,CNRすべて高分解能
MSM7はもっとも情報量が多く,測位精度の要求が厳しい場合に適しています.RTK測位ではMSM5以上が前提であり,それ未満ではリアルタイム補正の安定性に欠けます.CNR(キャリア・ツー・ノイズ比)やドップラーの情報が追加されることで,信号強度や衛星移動量の推定が高精度になります.
RTKにおけるMSMと基準局の関係
RTCMメッセージは,基準局が観測したデータを移動局にリアルタイムに配信するための土台です.特にNTRIPを用いた場合,MSM5やMSM7のような高密度なメッセージの扱いが必要です.これにより,秒単位の遅延でも補正可能な状態が維持されます.
また,移動局から基準局までの距離が10kmを超えると,補正の有効性が低下するため,MSMの内容がより重要になります.RTCMフォーマットとMSMの相互理解が,安定した高精度測位の基盤を支えています.
まとめ
RTCMはGNSS測位においてもっとも基本となるデータ構造であり,特にMSMフォーマットの理解はRTKの精度に直結します.観測量の種類や分解能が測位安定性を左右するため,機材の選定とフォーマット設定の最適化が重要です. 〈著:ZEPマガジン〉
著者紹介
- 1993年 西松建設(株)技術研究所研究員
- 2000年 茨城工業高等専門学校助手
- 2002年 博士(工学)「リアルタイム・キネマティックGPS測位の建設工事における応用に関する研究」,主に建設業における高精度衛星測位の応用において,1周波RTK測位の普及等の低価格化,遮へいやマルチパスの多い環境におけるセンチメータ級測位の応用,誤差補正法に取り組む.RTK-GPSの誤差補正法等で2001年日本測量協会測量技術奨励賞,地下埋設物可視化システムの開発で2019年土木学会技術開発賞を受賞
- 2020年 静岡大学土木情報学研究所客員教授
- 詳細
著書
- 高精度衛星測位の性能と応用事例,日本ロボット学会誌,37(7),pp.15~20,2019.7.
- 衛星測位を利用した土壌汚染状況調査における調査地点設定システム,測量,65(12),pp.14-17,2015.12.
- 電波の悪い森の中でも美軌道測位,トランジスタ技術2019年10月号,別冊,pp.2~3,CQ出版社.
- 最新RTKレシーバFi×性能対決,トランジスタ技術2019年2月号,pp.41~45,CQ出版社.
- センチ・メートル測位RTK法の基礎と実力,トランジスタ技術2016年2月号,pp.66~79,CQ出版社.
参考文献
- [VOD/KIT]RTKポータブル・センチ・メートル測位キット,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD/Pi400 KIT]SLAMロボット&ラズパイ付き!ROSプログラミング超入門,ZEPエンジニアリング株式会社.
- [VOD]確率・統計処理&真値推定!自動運転時代のカルマン・フィルタ入門,ZEPエンジニアリング株式会社.